| アダルトアニメは生きています。誕生・揺籃・黄金期を経て確固たるジャンルに成長したこのカテゴリーは日本国内はもとより今や世界中に波及し多くのムーブメントを地球規模で開花させています。「スシ」や「カラオケ」同様、「オタク」や「マンガ(コミックス同様ジャパニメーションも指す)」も90年代後半からはそのままの発音で各国の共通言語化しているのも既に有名なエピソードとなっています。実際のところ90年代初頭から中盤にかけての加熱ぶりは日本国内で約半世紀をかけて膨張し続けたこの媒体も飽和状態であることを意味し、供給側・消費側ともその興味に対して冷めた状態に陥り始めたのも事実と言えるのかもしれません。さらに当時の若者のニーズも国内のアイコン的要素から海外のファッション、映画、コミックスなどに強く惹かれる傾向が高まってきたっためその推移に拍車をかけたことも否めません。それらは更なるコアな空気をもとめた自然な流れと言えばその根底にあるオタク的動向が強まっていったとも取れますが、ビジュアル的に既存のものからの脱却的傾向が主流をなし始めていたことは紛れもない事実です。ここで一度、日本産のアダルトアニメが海外における動向にどう影響したかを触れておこうと思います。1990年以降世界的な流行として1970年代をリバイバルするような風潮がありました。70年代前後の文化の再評価、たとえばフラワームーブメントやホッドロッドカルチャーの再評価、モンドミュージックのイリシューやグランジ・メロコア・エモなどの激しいロックンロールサウンドを基調としたストリート・サーフカルチャーの再来、他にも1980年頃に興ったヒップホップやレゲエ・テクノミュージックなどのムーブメントは互いに刺激しあいクラブシーンという一大アミューズメントにまで成長しました。しかしその一方では、日本国内でオタク人口の大半を占める第二次ベビーブーム世代同様、各国でも日本のアダルトアニメを嗜好する動きが強まっていったのです。この理由については諸説存在しますが、実際彼らも時を同じくして、日本で制作されたTV版の連続アニメを各国のテレビ局の再放送を媒体として視聴していたことが有力な要因であろうと考えられています。文化の違いはあってもそのボーダーを乗り越えて世界中の幼年・児童がほぼ同期にこれら経験をし、それに対しある共通の概念が形成されたということは実に興味ある出来事だと言えるでしょう。そして彼らの中にも日本国内同様、幼年期に視聴したそれらの作品をリスペクトしつつ、コミックス作家・シナリオライター・ビジュアルクリエイターに成長する若者も数多く現れ始め、既存の作品傾向とは明らかに一線を画する作品群を生産する世代へと成長することになるのです。その作品群が前述の世界的動向の中、日本国内にも上陸、逆輸入的要素の詰まったそれらの作品を見た90年代半ばにおかれた若者はそこに新たな可能性を見出したことは言うまでもありません。実際国内のオタク総人口の中は90年代から加わった世代も多く、新たな価値解釈を求め衰退の兆しがある中にも、既存の手法に更なる創意を盛り込む試みが始まったのもこの時期からだと言えるでしょう。さらにここで決定的な技術革新がありました。1995年、それまで世界の一部を網羅していたにすぎなかった「インターネット」が全世界を経由し、オンライン上で文字・音声・画像・動画をリアルタイムに閲覧できるようになりました。さらに2000年までには個人用コンピューターの高性能化とコストパフォーマンスの向上による一般への汎用化、通信網自体の高速化と相まって、インターネットによる閲覧またはダウンロードによる個人所有が可能になります。それまではテレビ放送、劇場公開、ビデオ、レーザーディスクによる鑑賞方法が主流をなしていた時代から比べればその進化は驚異的なことです(例えば自宅近所のレンタルビデオ店とアメリカのDVDショップを24時間いつでも自室に居ながら同時に来店できる)。このように80年代に起こった需要・供給・技術革新から触発されるケース同様、ここにまた新たなムーブメントが起こります。この時代は既にインターナショナルに情報は公開され各国、詳しくは各人気インターネットサイトによってその流行は牽引されてはいましたが、やはりこのときもジャパニメーションの発端たる日本の存在は世界中から群を抜いて注目されていました。国内ではオタク文化の進化系である「ヲタ文化」が主流をなし、東京都内、特に秋葉原界隈、新宿、原宿、池袋などが新たな若い世代のオタク達の情報発信地として名を馳せるようになりました。そしてアダルトアニメがここで新たな展開を見せます。「萌え」という新たな共通概念を具現化するファクターとしてコミックスブームの再来、思い思いの衣装を身にまとい共通意識の中にあるキャラクターになりきる行為やグッズ・フィギュアなどの収集嗜好、また汎用コンピューターの飛躍的向上によってもたらされたデジタルゲームをプレイするなど、「バリエーション豊かな同化」へと昇華して行くのです。さらにこれらを土壌として世代交代したクリエイター達は新たな要素を取り入れたり、既存のものを造り替えたり混ぜ合わせたりしてよりコアな流通構造を構築していくことになります。これによりアダルトアニメというカテゴリーは以前にも増すバリエーションと妖艶な内容を含んだ上質のアダルトアミューズメントへと成長してゆくことになるのです。同時に並行していた音楽シーンにおける「リミックス技法」がここでも自然派生し実行されていたこともこの時代の特色です。それまでアナログによるセル画の撮影によって依然膨大な時間と材料と人件費を投じて制作されていたアニメーションはパソコンのアプリケーションの支援により、デジタル制作に移行するようになると制作側の負担もさらに軽減されていったのも、この頃からだと言えます。それらの作品は国内でほぼ整備されたインターネット網を経由し世界中のオタクユーザー層が閲覧しており、同時代に並行する他のジャンルやカテゴリーにも大きな影響も与えました。実際世界的アクセサリーブランドがアダルトアニメのキャラクターをプリント柄に起用したり、「萌え」とは無縁の音楽CDジャケットにそれらの絵柄が印刷されたりと、アダルトアニメというジャンルを切り離して各ジャンルをクリエイトしていくということが皆無な状況に突入して行ったとも言えます。こうして2003年頃を頂点としたミレニアム世代の文化も終息へと向かうわけですが、ここで生み出された作品は今もなお恒常的にインターネットによりウェブ配信され世界中のユーザーに閲覧され続けています。1980年代同様2000年以降のムーブメントに触発されたアマチュアクリエイター達は、今度は少人数または個人でアニメ動画を制作するなど、世界的にもその動きは高まっていると言えます。80年代の家庭用ビデオデッキ、90年代のインターネットの普及など今後更なる技術革新がもたらされたとき、そこに新たな創意と可能性が見出されるに違いありません。残念ながら今日では明確にはそれが何なのかを正確に推測することはできませんが、「その時」新たなムーブメントが起こる準備は今もなお着実と進んでいると言えるでしょう。これら歴史をひも解いた結果、そのメカニズムと動向はある程度理解に至ったと思われます。しかしながらこれからやってくるものはやはり推測しがたいというのは率直な感想であり、我々はその流れを慎重にかつ敏感に日々捉えていくことが重要であると認識せざるを得ません。ただここに一つの明確な結論があるなら、時代は流れ続け技術の革新はいつの世のなされること、そしてその時代の若者がまた新たな作品を理解しクリエイトすることは繰り返されるスパイラルの中では確信に他ならないということです。大きな流れの中にほんの小さな変化が見出せた時、それが未来の主流の始まりかも知れません。こうしてアダルトアニメが連綿とフューチャーされ進化していくことは人類における創意の先端を垣間見ているといって過言ではないでしょう。 |